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東京高等裁判所 昭和55年(行ケ)365号 判決

原告

ガーバー・ガーメント・テクノロジー・インコーポレーテツド

被告

特許庁長官

右当事者間の昭和55年(行ケ)第365号審決取消請求事件について、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

この判決に対する上告のための附加期間を90日と定める。

事実

第1当事者の求めた裁判

原告

特許庁が、同庁昭和52年審判第5837号事件について、昭和55年8月4日にした審決を取消す。

訴訟費用は、被告の負担とする。

との判決。

被告

主文第1、2項同旨の判決。

第2原告の請求の原因及び主張

1  特許庁における手続の経緯

原告は、1971年3月1日アメリカ合衆国においてした特許出願に基づく優先権を主張して、昭和46年11月9日名称を「シート材切断方法及び装置」とする発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願したところ、拒絶査定を受けたので、これに対する審判を請求し、特許庁昭和52年審判第5837号事件として審理されたが、特許庁は昭和55年8月4日「本件審判の請求は成り立たない。」旨の審決をし、右謄本は同月13日原告に送達された。なお、出訴期間として3か月が附加された。

2  本件出願の願書に添附された明細書の特許請求範囲の記載

(1)  切断工具が貫入し得る支持表面を設け、この支持表面上にシート材を少なくとも一層で拡げ、その垂直軸に平行な前面を向く前方切刃縁を有し且つその下端に横方向に延びる下端切刃縁を有する細長い切断工具を設け、この切断工具をその下端切刃縁を下向きにして前記支持表面上に支持されたシート材の上方に位置させ、前記下端切刃縁が前記シート材を貫通して前記支持表面に貫入するよう前記切断工具を下方に動かし、前記下端切刃縁が前記シート材の上面より上方に位置する点にまで前記シート材から切断工具を引き出し、前記下端切刃縁が前記シート材との接触外位置にある間に切断工具を所要の切断線に沿つて前記シート材と相対的に前方に移動し、次に再び切断工具を下降してシート材に貫通させると共に支持表面に貫入させた後前記切断工具を引き出し、所要切断線に沿つての前進及びシート材中への下降運動よりなる前記工程を所要の切断線の終端に達するまで順次に繰返して行ない前記切断工具が前方に移動する距離はこれから切断工具の下降によつて切断しようとする部分が先に切断工具を下降することによつて切断した部分と連接されその結果連続した切断線が形成される大きさであることを特徴とするシート材切断方法(別紙図面(1)参照)。

(2)  切断作業時にその垂直軸に沿つて往復動する細長い切断工具を有するカツターと、前記切断工具が貫入することができ且つ前記カツターによつて切断すべきシート材を支持するための水平の上向き固定支持表面を有する支持体と、前記切断工具の往復動軸線が前記支持表面に対して垂直をなすよう前記カツターを支持する装置とを具え、前記切断工具はその垂直軸に平行な前方を向く切刃縁を有し且つ下向きの切刃縁を下端に有し、また前記切断工具を往復動させると同時に前記切断工具を所要の切断線に沿つて前記支持表面上に支持されたシート材に対し相対的に前方に移動するための装置を具え、この装置には切断工具の下端が支持表面上に支持されたシート材の上面に隣接する位置から切断工具の下端が前記支持表面よりも下方に位置する往復運動の下死点にまで切断工具を下方に先ず動かした後に切断工具の下端がシート材の上面より上方に位置する点まで切断工具を上昇させた後、かように切断工具の下端がシート材の上面より上方に位置している間に切断工具を前記所要切断線に沿つて移動させて前記切断工具がシート材中に再び下降する際に前記下向き切刃縁がシート材の未切断部分を押圧して前記下降運動中に押し切り作用によりシート材を切断し得るよう周期的に作動する装置を設けてなり、前記切断工具が前方に移動する距離はこれから切断工具の下降によつて切断しようとする部分が先に切断工具を下降することによつて切断した部分と連接されその結果連続した切断線が形成される大きさであることを特徴とするシート材切断装置。

3  審決理由の要旨

本件出願の願書に添附された明細書の特許請求の範囲は前項記載のとおりである。

これに対して、アメリカ合衆国特許第3548697号明細書(以下「第1引用例」という。)には、切断工具(18)が貫入し得る支持表面(28)上にシート積層(14)を置き、前方切刃(38)と下端切刃(40)をもつ切断工具をシート積層・支持表面に貫入上下させて、且つ切断工具自体をシート積層に対して移動させ、その結果、連続した切断線が切られること及びその装置ついて記載されている(別紙図面(2)参照)。

本願発明と第1引用例とを比較すると、次の相違点を除き、方法としても装置としても両者は実質的には同一である。その相違点はすなわち、本願発明においては、切断工具の上下動の際、その先端が完全にシート積層表面より離れるまで上昇し、シート積層より離れている間にシート積層と切断工具との平面的相対移動が行われる(もちろん、切断工具はシート積層より離れない状態においても平面的相対移動は行なわれている――添附図面第4図参照)のに対し、第1引用例においては、切断工具は常にシート積層中にあつてシート積層と平面的に相対移動をしているという点である。

しかし、先端と前方側縁とに切刃を有し上下動する切断工具とシート積層との平面的相対移動切断をする際、その相対移動中、切断工具の先端が積層表面を離れるということは、アメリカ合衆国特許第2998651号明細書(以下「第2引用例」という。)の図面に図示されている(別紙図面(3)参照)。しかも、それは積層の厚さいかんではその離れる距離は大きくなることは明らかであり、その切断工具の先端切刃の形状からも、一旦積層表面から離れ相対移動の後、新しい未切断域へと押下げられるのに好適であることが認められる。

また、一般に先端と前方側縁とに切刃を有し上下動する切断工具をシート材に対し平面的相対移動させてシート材を切断する際、その相対移動中、切断工具の先端がシート材から離れて、新しい未切断域へと押下げられることのような切断機は、電動、手動に限らず周知技術である。

そこで、第1引用例に第2引用例記載のもの及び周知技術を応用し、第1引用例の切断工具の平面的相対移動中にその先端を積層表面より離れるようにして本願発明のように構成することは、各引用例に記載のもの及び周知技術の同一分野の技術としての効果の総和以上のものが望めないから、当業者が容易に考えられる程度のことと認める。したがつて、本願発明は特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

4  審決を取消すべき事由

(1)  本願発明では、ほぼ下向きの切刃縁を下端に有する切断工具が上下の往復運動を繰返し、シート材に対し切断工具が下降する際そのチヨツプ作用によりシート材を切断し、その切断工具の下端がシート材の上面に持上げられた間シート材上の切断線に沿つて前方に移動するものである。すなわち、従来のこの種の往復動自動切断機と大きく異なる点は、切断工具が各往復運動毎にシート材から引出され、主に引出されている間に前方に移動するので、切断工具の各往復運動毎に切断工具はシート材積層の切断縁よりもたらされる変形押力から解放されて元の形状に復元するため、何層にも重ねられたシート材が位置を変えることなく切断工具の変形によつて生ずる切断誤差が減少されるのである。

これに対し、第1引用例の発明は常に切断刃がシート材の中あり、切断刃に設けられた前方切刃縁のシート材中の往復運動によりシート材をスライスするものである。従つて本件出願にかかる発明と異なり、切断工具は全くシート材からはずれることなく、しかもシート材は切断工具の前方切刃縁によつてのみ切断されるのである。従つて切断工具は、シート材からもたらされる強力な変形押力から一時も解放されることはなく、それ故シート材の位置がずれたり切断工具が変形されることにより正確な切断ができない欠点がある。

審決は、第1引用例と相違する本願発明の特徴、すなわち、「先端と前方側縁とに切刃を有し上下動する切断工具とシート積層との平面的相対移動で切断をする際、その相対移動中、切断工具の先端が積層表面を離れるということ」は、第2引用例の図面に図示されており、「しかも、それは積層の厚さ如何ではその離れる距離は大きくなることは明らかであり、……一旦積層表面から離れ相対移動の後、新しい未切断域へと押下げられるのに好適である」と言うが、これは第2引用例における案内具8の存在を無視したものであつて、違法である。

第2引用例の図面に図示されている装置においては、切断工具3はその上下動の上死点付近で僅かにシート材積層の表面を離れるかに見えるが、「切断工具3は案内具8によつて正確に案内される(第2引用例第2欄第5、6行目)」のである。したがつて、その案内具8は、シート材切断中常時シート材積層中にあつて、切断によつて切開されたシート材積層をかきわけて平面的相対移動を行うのである。すなわち、案内具8は、切断工具先端の位置如何に関りなく、シート積層の切断中は常時シート積層内にあつて、切断方向の変化に応じて多様に変化する側方からの曲げ力を受けて変形する。切断工具は断間なく変形する案内具8に案内されて往復動を行うのであるから、切断工具も同様に変形し、切断誤差が除去されることもなく、また減少することもないのは明白である。案内具8と切断工具3との曲げ変形は、案内具8を非常に厚くかつ硬く作ることによつて減少させることができるかも知れない。しかしながら、そのようにすることは、案内具8を切断線に沿つて推し進めるために、極めて大きな力を必要とすることになるし、また、シート材積層に望ましくない変位を生ぜしめるために、やはり問題の解決にはならない。したがつて、第2引用例の切断工具の先端が、シート材積層の厚み如何では積層表面を離れることのみに注目し、案内具8の存在を無視した審決の前記認定が誤りであることは明白である。

(3)  審決は「一般に先端と前方側縁とに切刃を有し上下動する切断工具をシート材に対し平面的相対移動させてシート材を切断する際、その相対移動中、切断工具の先端がシート材表面から離れて、新しい未切断域へと押下げられるような切断機は、電動・手動に限らず周知技術である。」というが、周知技術であるとする例を何ら示していないから、違法である。

被告は、本訴において新たに乙第1号証乃至3号証を提出し、切断工具が上昇するたびにシート材から離脱するとの技術は周知であつたと主張するが、右各証拠はいずれも被告の主張事実を立証するに足るものではない。周知技術であることを立証するためにはその技術と同一の技術に関する公知文献が相当多数存在するとか、その技術が業界に広く知れ渡つているという事実を明らかにするほかに方法はないにもかかわらず、右各証拠は互に無関係な異種技術の寄集めにすぎない。のみならず、乙第1号証乃至3号証技術の切断工具が一切断毎にシート材から離脱するか否かは、必ずしも明らかでなく、むしろ、先端と側面がなだらかに続いている刃の形状、及び支持面の開口部が大きい点などからみて、押し切り切断ではなく、刃はシート材中にあり切断を果すものであると考えられる。

仮に乙各号証の記載を寄集めることによつて、被告のいわゆる「周知技術」が認められるとしても、審決が引用しなかつた乙各号証刊行物に基づいて、本件発明の容易推考を論ずることは、審決取消請求訴訟のわくを逸脱するものであるから、許されない。そのような場合には特許法第50条の規定に従い、先ず拒絶理由を通知して、意見書あるいは補正書提出の機会を与えるべきであるにもかかわらず、その手順が踏まれていないという点で違法である。

第3被告の答弁及び主張

1  原告の請求の原因及び主張のうち1ないし3の事実を認め、4の主張を争う。

2  原告は、本願発明では、ほぼ下向きの切刃縁を下端に有する切断工具が上下の往復運動を繰返し、シート材に対し切断工具が下降する際そのチヨツプ作用によりシート材を切断し、その切断工具の下端がシート材の上面に持ち上げられた間シート材上の切断線に沿つて前方に移動するものであると主張する。

しかしながら本件出願の特許請求の範囲に、切断工具がシート積層中にある間は、平面的相対移動を行なわない旨の積極的な記載がない以上、添附図面第4図及び第6図にあるように、切断工具がシート積層より離れない状態において、平面的相対移動を行なうものはすべて含まれると解すべきである。

3  原告は、第2引用例に示されているものにおいては、切断工具3は、常時シート積層内にあつて切断方向の変化に応じて多様に変化する側方からの曲げ力を受けて変化する案内具8に案内されて往復動を行なうのであるから、切断工具も同様に変形し、切断誤差が除去されることも、また、減少されることもなく、また、変形防止のために案内具を非常に厚く作ると、案内具を切断線に沿つて推し進めるために必要な力が極めて大きくなり、シート積層に望ましくない変位を生ぜしめるから、第2引用例に示されたものにおいて、切断工具の先端がシート積層の厚み如何では積層表面を離れることのみに注目し、案内具の存在を無視した審決の認定は誤りである旨主張する。

第2引用例には、先端と前方側縁とを切刃とする切断工具3がクランク6の回転によつて上下に往復動させられるようになつていることが示されていると認められる。したがつて、切断工具の上下のストロークは、クランク6の回転軸線と偏心軸線との距離の2倍に相当することになる。そこで、第2引用例の第1図におけるクランク6の偏心軸が、仮に、下死点に位置している状態を示しているとすると、クランク6の偏心軸が上死点に位置したとき、第1図においては、切断工具の刃先は完全にシート積層上面から離れることになる。つまり第2引用例には、先端と前方側縁とを切刃とする切断工具の刃先が完全にシート積層上面から離れるようになつていることが示されている点に、まず注目する必要がある。

次に、案内具8について見ると、第2引用例に示されている発明の目的、すなわち、「織物その他材料のシート積層に上から所望の位置、所望の点に切込を付け、そしてシート積層の中心部より輪郭を有する片を切断する(第1欄第43行乃至第47行目)」とした発明の目的を達成するために、案内具は、シート積層に上面より切込み得る程度の薄さになつていると推察される。

さらに案内具は、切断中常時シート積層中にあつてすでに切断によつて切開されたシート積層をかきわけて平面的相対移動を行なうことになるので、先に述べた案内具の薄さと相俟つて、シート材積層に望ましくない変形を生じさせることがないと認められる。

さらにまた案内具は、切断工具を正確に案内するので、案内具の存在により切断工具は、補強されて、切断工具の曲げ変形が減少するばかりでなく、案内具の存在にもかかわらず切断工具をシート積層上面より離したときの切断工具の切断線方向の屈曲は完全に解消し得ることになる。

以上の理由により案内具の存在を無視した審決の認定は誤りとは認め難い。

4  一般に先端と前方側縁とに切刃を有し上下動する切断工具をシート材に対して平面的相対移動させてシート材を切断する際その相対移動中、切断工具の先端がシート材表面から離れて、新しい未切断域へと押下げられるようにした切断機は、乙第1、2、3号証にみられるように電動・手動に限らず周知技術である。

理由

1  原告の請求の原因及び主張のうち1ないし3の事実は、当事者間に争いがない。

そこで審決にこれを取消すべき違法の事由があるかどうかについて考える。

2  原告は、審決は「先端と前方側縁とに切刃を有し上下動する切断工具とシート積層との平面的相対移動で切断をする際、その相対移動中、切断工具の先端が積層表面を離れる」という本願発明の特徴は、第2引用例の図面に図示されていると言うが、これは第2引用例における案内具8の存在を無視したものであつて違法である旨主張する。

しかしながら、第2引用例(成立について争いのない甲第5号証)の図面に図示されている装置においては、切断工具3はその上下動の上死点付近で僅かにシート材積層の表面を離れるかに見えることは原告の自認するところであるのみならず、切断工具に対して案内具を設けるかどうかは単純な設計上の問題にすぎないことは、第1引用例(成立について争いのない甲第4号証の1)においては、第7図には案内具(46)のあるものが図示されているが、第6図のものには案内具がないということからも伺えるから、審決が第2引用例における案内具8について言及しないからといつて、原告が本願発明の特徴であるとするところが第2引用例の図面に図示されているとしたことに違法の点はなく、原告の主張は理由がない。

3  原告は、審決は「一般に先端と前方側縁とに切刃を有し上下動する切断工具をシート材に対し平面的相対移動させてシート材を切断する際、その相対移動中、切断工具の先端がシート材表面から離れて、新しい未切断域へと押下げられるような切断機は、電動・手動に限らず周知技術である。」というが、周知技術であるとする例を何ら示していないから違法であると主張するが、周知技術というのは、一々例を挙げるまでもなく当業者にとつて周知の技術であるということであるから、審決が周知技術であることの例を示していないからといつて、そのことだけで審決を違法とすることはできない。しかして、成立について争いのない乙第1ないし第3号証によれば、審決が周知技術であるとした点の周知性を認めることができる。なお、原告は本件訴訟において初めて乙号証を提出して周知技術の立証をしようとすることは違法である旨主張するが、審決において周知技術を例示しないことが違法とまで言えないこと前説明のとおりである以上、訴訟になつて周知技術の立証をすることが違法であると言えないことは明らかである。原告の主張は理由がない。

4  右のとおりであつて、原告の主張は何れも理由がなく、審決にはこれを取消すべき違法の点はないから、その取消を求める原告の請求を棄却し、訴訟費用は敗訴の当事者である原告の負担とし、上告についての附加期間を90日と定めるのを相当と認めて、主文のとおり判決する。

(高林克巳 杉山伸顕 八田秀夫)

〈以下省略〉

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